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本荘由利の歴史を学ぼう [コラム]

米どころ本荘由利の中核都市、本荘市。その歴史は古く、古代には大和朝廷の由利の柵があったとされている。  平安、鎌倉の時代をへて、由利十二頭といわれる戦国ののに終わりを告げる頃、由利一円は最上氏の所領になった。  最上氏の家臣本城豊前守満茂が尾崎山に城を築き城下町を開いたのは慶長17年(1612)のことだった。10年後に最上氏がお家騒動で改易となったため(徳川秀忠の指示か)、それに代わり六郷氏が領主となった。以後明治になるまで江戸期の安定した暮らしが続いた。  昭和29年本荘町は周辺の6村と合併して本荘市として誕生した。


;戊辰戦争における本荘藩



幕末の本荘藩には、服部平右衛門がいました。
服部は勤王派で、彼の意見により本荘藩だけでなく、久保田藩も奥羽越列藩同盟を破棄し、官軍側に寝返ったそうです。
服部はその功績により、従四位が与えられました。
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本荘は庄内藩に攻められ敗北し、本荘城を自焼し、久保田城へ撤退しました。
本荘城には勤王碑が建っていて、本荘で戦死した66人の官軍側の藩士の名前が刻まれています。


 


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