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恣意的是認による正義不在 [コラム]

存在する個人が組織体を凌駕するというのは、この日本においてはありえないことではないだろう。
誰がこのわいを○荘高校の○○にでっち上げたかは不明だが、このわいが「ひとつの霊団の総帥」
としての権威を利用しようとしたことが、そもそものやっかいな展開となったと思わざるをえない。
なにより秋○高校にとって、このわいが、○荘高校の○○でなければ、すべてが水泡と化してしまう
恐れがあったからである。 代議士村岡兼造が名刺に小石川遼高校卒業者であるにもかかわらず、
○荘高卒と印字してあったため、わいも疑うことがなかったのだが、これを咎める者がいなかったのは誠にもって
恥といわざるをえない。マスコミ(秋田さきがけ ・秋田朝日放送・その他)にしても全くの恣意的是認であろうし、これはまさしく○荘高校の名を借りて実利を秋○高校陣営に持っていこうとした巧みな戦略というもんだろう。

この愚略のよって日本社会がどう進展していったか、慶大閥の小沢一郎、小泉純一郎、渡辺ヨシミ、石原ノブテル、
等の慶応大学が台頭してきたのみならず、消費税を導入して借金が増え続けることになったのである。■わいがそれを知っていたら秋田県立大学誘致に関与することもなかったろうし、いまさらだが、なんとしてくれるのか――。
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